モラトリアムはとっくに終わった
誰に見せるでもなく書きたいことがあって、Twitterじゃ足りなくなって、ブログを作ろうと決めた。
のに、IDを作成する時点で手が止まった。
後から変更出来ないと言われると途端に深く考え込んでしまうよね。
ブログのURLになるかもしれないなんて、人が見るんだ、適当にダサいIDにするわけにはいかない、と
それがあまりにもいつもの自分で、こんなところで実感させられるなんて思わなかった。
それから、こういう作文のタイトルが決められないのも昔からだった。
多くの中高生がそうである(と思ってる)のと同じように、ブログを書いていた高校生の私はだから、毎回のタイトルは歌の歌詞だった。これもまた多くの中高生がそうだと思ってる。
あの頃は自分の書くものが好きだったし、何度も読み返しては悦に浸っていた記憶がある。
それすらも自分らしくてもはや微笑ましい。
仕事では定型分や当たり障りのないメールがほとんど。
友人間では良いか悪いか、大人になってから、本当に気のおけない人間としか関わることがなくなった。
つまり頭を使って文章を書くことがなくなってしまったので、酔った勢いでこうやってブログを開設してみた次第。
今の自分がそんなことに危機感を抱いているって、未来の自分に知ってもらうだけでも結構。
そう思いつつもね、たまに読む面白いブログを書く人と自分を比べてしまうなんて、私はきっといくつになっても変わらないんだろうなと思うよ。